日本の美と祈り – その魂の継承 第二話:精進料理

一人の美しき継承者

緑濃く燃ゆる大地。
この龍の帝国に生きる私たちの心を豊かに彩ってくれる日本文化の数々。
私たちはもっともっとこの国の文化を誇り、愉しむべきでしょう。

あなたはどんな日本文化がお好きですか?
今回のテーマは「精進料理
さぁ、ひとまず日常の煩わしさは忘れて、共に日本の美と祈りの世界に没入しましょう🌸

目次

第二話 精進料理

膳としての小宇宙をいただく

低く差し込む光の中、黒漆の器に盛られた野菜の煮しめ。
ふたを開けた瞬間にふわりと立ち昇る、干し椎茸と昆布の出汁の香り。
里いも、にんじん、春菊、牛蒡、れんこん・・・。

薄味の中にも私たちの心と体がしみじみと喜ぶエッセンスが凝縮されています。

それは日本人のDNAが古くから慣れ親しんだ滋味。
毎日のおばんざいの代表格ですが、この一皿が精進料理として供される時、
それは折り目正しさをまとい、いただく者の心さえも整える魔法を奏でるのです。

言ってみれば、美しい漆器に盛られたひと椀の小宇宙・・・。
そこには、供す者の供される者への思いが静かに寄り添い、見た目の華やかさ以上の精神性を湛えています。

一膳に込められた美しさは単なる料理の枠を超えて、自然と共鳴し、さらには日本人の祈りや思いやりそのものが映し出されていると感じます。
慎んで、食べるではなくいただく・・・。

日本には、慎みの心をとても重んじる風土が根づいています。

精進料理はそんな日本人の精神を形にした、美しい一片の絵とも言えるでしょう。

沈黙が語る、膳のちから

ぴんと澄んだ空気が流れる卓には、美しい膳が整然と並びます。

精進料理を前にして客人が自ずと居ずまいを正すのは、礼儀以前に日本人のアイデンティティーゆえかもしれません。隅々まで配慮された膳から立ちのぼる静謐な気に、それを受け取る側も箸の運び一つにも気を配ることで返礼する。これこそが日本が世界に誇る精進料理のこころです。

盛られた椀の色を目で味わい、香りに耳を澄ませ、舌触りを愉しむ。そして味を覚える。
いただくという行為が、祈りのひと雫に変わっていく・・・。
精進料理のもつ静かなちからです。

料理のみならず、それらを整える台所そのものも、常に綺麗に整えられていることでしょう。清らかな湯気、研ぎ澄まされた包丁、洗い上げられた割烹着に身を包み、端正な一品を仕上げることだけに集中するその手。そして、磨かれた器たちの光沢…。

精進料理を仕立てるその美しい台所は、すでに精進の場なのです。
つまり、精進料理はその心をいただくと言っても過言ではないでしょう。

だからこそ客は、礼節をもって心していただく。
精進料理がもつ、心のちからです。

味の奥にひそむ、心の手ざわり

にんじんの白和えにはくるみのまろやかさがほのかに添えられ、じっくりと炊き上げた牛蒡のやわさには、細かな手仕事と思いやりの心が隠されています。

出汁の染みた小芋はほろりと崩れて舌の上でとけ、湯気にのって鼻先をかすめる柚子の香には、季節の彩りをみることができます。

淡い味つけの中にも記憶に残る奥深さがきちんとあって、作り手の心の温度が滲んでいる・・・。
「料理は愛情」という言葉は万国共通でしょうが、その心が特に表れているのが精進料理だとも言えるでしょう。

現代では効率やスピードが重視されがちですが、精進料理の世界では手間をかけることこそが大切だとされます。単に時間をかけるということでなく、手間を惜しまぬ心が大切だということ・・・。

見えない所に入れた隠し包丁、盛り付けを美しくする飾り切りなど、それはひと言で言えば手間です。ですが客のためのそのひと手間がもてなすということであり、日本の美の根底に流れる精神のひと柱なのです。

お悦びの席に添えられる静かな華やぎ茶懐石にみる精進の美

精進料理は弔いの膳と思われがちですが、実はその本質にこそ、悦びの場にふさわしい「美の節度」が潜んでいます。とりわけ茶の湯で供される懐石料理には、精進の精神が静かに息づいています。

主人が客人を思い厳選したお献立には、季節の移ろいと、華やぎの心をみることができるでしょう。
蕪の白さと柔らかさ、黒豆の艶やかなこと、香り高くどこまでも滑らかな胡麻豆腐・・・。

そのすべてが、語らずして心を尽くした至福の一皿。
けしてぜいたくな食材を使うわけではない、されど、派手ではない華やかさがある。

これこそが日本人のもっとも得意とする、もてなしの所作なのです。

茶の湯における懐石は、「一客一亭」の精神に支えられています。
たった一度のために整えられる膳、その瞬間にしか愛でることのできない美しさ。

懐石で供される精進の一皿にはその季節、香り、音までもが封じ込められ、五感のすべてが満たされるような喜びがあります。
これはけして単なる演出ではなく、ただ一人の客を思う亭主の心が自然にたどり着いた華やぎ・・・。

私たちもお客様をお迎えする時、とてもワクワクして心が華やぎますよね。
もてなすとは本来、そのワクワクした思いを伝えることなのではないでしょうか。

慎ましやかな寿ぎ

茶懐石の席でふるまわれる精進の膳には、まずもって寿ぎがあらわれていますが、それは微笑ましいほど慎ましやかなものです。
静かに器の中で咲く、四季。
春には山菜の苦み、夏には煮びたした茄子の紺色、秋には栗や銀杏、冬は白味噌の湯気・・・。

それらはまるで、自然そのものが寿いでいるかのようです。
日本人が大切に伝えてきた、お悦びのかたち。

卓にあらわされた四季には日本の心が息づき、口に運ぶたびにその小さな寿ぎを味わう私たちの心には、自然と安らぎが生まれています。
それはまるで、大地そのものが祝福の言葉を紡いでくれているかのよう・・・。

自然とともにある精進料理だからこそ、いただくことで、人の生命もまた自然の一部なのだと慎ましい気づきを与えてくれる・・・。
いただくという根源的な所作の中にもこうした学びがあること、これこそが精進料理の尊さであり、ずっと末永く伝えていくべき日本の宝なのです。

――文・構成:安東瑠璃


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